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二日目の夜は北谷のアメリカンビレッジにある「カラハーイ」という
ライヴハウスに行ってきました。

私が着いた時には女性デュオ「ティンクティンク」のライヴが始まる前
でした。
まもなく開演しましたが、とても楽しめました。
伝統的沖縄民謡とガールズポップの融合といいますか、和み系の曲が多く
私の耳にはとても新鮮に聞こえました。
観客とのやり取りも、お姉さん格の向かって右、あずさぁの沖縄方言交じり
のトークが面白かったです。ピンチヒッター役で最近加わった左、まやも
元気で可愛かったです。
帰りには出口で2人が観客を見送ってくれ、希望者は一緒に写真撮影、
さらにCD購入者には直筆サインまでいただけました!
もちろん私も一枚購入!
小さいマーケットながら主に沖縄県内で活動しているシンガーは
彼女らの他にももっといる模様です。これからさらに探索してみたく
なりました。
ティンクティンク
http://www.rinken.gr.jp/entertainment/tinktink/index.html
先日最後の夏期休暇を利用してちょっくら沖縄本島へいってきました。

写真は奄美大島上空?
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■2008/09/26 (金)
悪作戯的kiss 2 |
毎週金曜日23:00ぐらい? からBSデジタル放送「BS-i」で好評放映中
のこの台湾ドラマにはまっています。ハチャメチャラブコメディーという
感じでしょうか。
ちなみにこのドラマの主題歌を、Valenの同期であり親友のMavis范暁萱が
歌唱しています。ジャズっぽい曲調の曲です。彼女も子供向け楽曲を歌唱していたデビューのときとは全然違いますよね。
悪作戯的kiss 2
http://w3.bs-i.co.jp/itakiss/
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■2007/01/09 (火)
Valen主演ドラマ |
先日自宅近くのTSUTAYAの「華流」コーナーで、Valen主演の
台湾ドラマ「部屋(うち)においでよ」がレンタルされているのを
発見、早速見ています。まだ2話しか見ていませんが、彼女の表情
豊かな演技にうっとりしています。
このドラマ自体は2002年に現地で放映されたドラマで、
こちらでも過去に話題になりましたので、少々古い話では
ありますが、日本語字幕版が出てるとは知らなかったです。
日本で人気のF4が共演しているのが日本語版が出るきっかけに
なったのでしょう。
最近テレビを、引越し(最近大阪北部、千里方面に転居しました。)
を機にBSデジタル放送受信可能な液晶Vieraに買い換えて以来、
BS日テレなどで放送されている台湾ドラマをよく見ています。
これからもBSデジタル放送で台湾のみならずアジアのドラマを
継続して放送して欲しいですね。
今のお気に入りは木曜日の「Silence」、メーガン・ライが可愛い
ですね。
ちなみにValen主演ドラマは2004年にBS日テレで放送された
そうです。(当時は今ほどBSデジタル放送が普及しておらず
ご覧になった方は少ないでしょうか?)
日本から国際線の飛行機に乗ると真っ先にこれをもらって、到着寸前にバタバタ
しないようにしている。今回はこれにまつわるエピソード
1.私の場合その壱
大阪から台北に行く時に香港某社の飛行機を利用した時。
日本人客室乗務員が、台湾のそれを配っていたが、日本人には当然日本語で
話しながらであったが、何故か私は彼女に英語で話しかけられて、意外な
ことで体が固まる。すると今度は中国語で「イ尓是台湾人Ma?」と来た。
今度は少し余裕をもって「我是日本人」と答えると、客室乗務員は「失礼しました〜」
私ってそんなに日本人に見えないのだろうか?
2.私の場合その弐
プーケット(タイ)からクアラルンプールへ向かうM航空でのこと。
それを貰おうと客室乗務員の方に尋ねると「ごめんなさい、持ってないです」
と言われた。入国カードの持ち合わせが無いなんて国際線では初めてだ。
ちなみにマレーシア国民はクアラルンプールの空港ではわざわざパスポートの
掲示は必要無く、香港のオクトパスカード、JR東日本のSuicaのような磁気カード
のIDを自動改札機のようなものに触れさせるだけで関所を通過できるらしい。
3.ある熟年夫妻の場合
海外へはまだ旅慣れていない2人、英語の入国カードを顔を合わせながら記入
していた。そこで、「性別」の記入欄に何故か2人はお互い顔を赤らませながらなんと
数字を記入した。そこで2人は疑問を感じらぜすにはいられなかった。
「これは週あたりなのか?」「それとも月あたりなのか?」と。
2人が思っているような私生活に至る事なんて、どこの国も入国の際尋ねませんって。
(多分)
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■2003/01/01 (水)
マレーシアの風 その2 |
KL中央駅に到着後、タクシーへホテルへ向かう。乗った途端、急にスコール
に見舞われる。。そしてホテルに到着後、チェックイン。
ところが、空港で予約したはずの私の記録がないという。そしてよく調べてもらう
と、このホテルには2つの棟があり、私が予約した部屋は別棟だったようである。
そのやり取りをしていると、とても日本語が流暢な女性従業員の方が声を
かけてくれ、別棟への案内、チェックインの手続きもしてくれた。
その方は日本語が流暢なのは当たり前、日本人であったのである。その方の
話を聞くと、以前は日本のホテルに勤めていたが、2年前に今の職場に来られた
そうである。翌日ホテル内ですれ違った時も笑顔で会釈してくださり、とても
印象のいい方であった。今から考えれば、食事でも誘えばよかったな…
というのはあとの祭り、次回KLに来る時もこのホテルに泊まろう。
部屋に着くと、早速友人Sさんから紹介していただいた彼女の友人P氏に電話で
コンタクトを取る。一通りの挨拶をした後、「今晩はあいていますか?」と
訊いてくださったので、もちろんOKの返事をし、一緒に食事をすることになり、
彼の愛車、ローバーディスカバリーでホテルまで迎えに来てくれた。
はじめてお会いするP氏は笑顔がとってもフレンドリーな方で、一瞬のうちに
初対面の緊張感も和らぐ。そして彼が連れていってくれた店は、マレーシアの
ローカルチャイニーズフード、肉骨茶(バクテー)のお店であった。
バクテーは生まれて初めて味わったのだが、豚肉のスペアリブを中国のスパイス
と醤油(?)を加えて煮こんだ料理であるが、漢方スパイスの匂いもあまり気に
ならず、豚骨からにじみ出たエキスがスープとお肉に染み込んで、あっさり
ながらも味わい深い料理であった。スープをごはんにかけて食べるとまたうまい!
バクテーを味わいながら、P氏としばし談笑する。彼は90年代初めに香港の広東語
マーケットで活躍したシンガーソングライターであったが、その後、音楽活動
する上で、偶然に不幸な出来事に遭遇してしまい、現在は帰国して、建築関係の
仕事をされているとのことだが、現在は来年の再デビューにかけて、録音や
プロモーションで多忙な様子であった。こんな中、彼に会えた事はとても幸運で
あった。その後、マレーシアや日本について他愛無い話で盛りあがる。
さらに続く
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■2003/01/01 (水)
マレーシアの風 その1 |
元旦の朝、私はバンコクのドンムアン空港から、プーケット経由で
マレーシアはクアラルンプールへ向かった。この国はかつて2回、シンガポール
から日帰りで2度訪問した事があるが、泊りがけでの訪問は初めてである。
クアラルンプール(以下KLと略す)の空港に着いたのは午後3時前。
入国審査の前で入国カードを書いていると、インドネシアから到着した
おばさん達に囲まれる。何故だかと言えば、マレーシアの入国カードは
英語でしか説明書きがされていないのである。英語がわからないそのおばさん
たちは「書き方を教えてくれ」と私に迫ってくるのである。
ちなみにマレーシアの国語のマレー語は、基本的にインドネシア語と
同じである。
せめて国語のマレー語でも入国カードに併記できないものか。そうすれば彼女達も
スムーズに書類を記入できたのに。
実際言葉の壁のないマレーシアとインドネシアは人々の行き来も盛んな
ように見えたので、これは一考の余地がありそうである。
その後、税関を出てホテルの予約ブースへと向かう。
その中で一番手頃な価格で、ロケーションも悪くないルネッサンスKLの
予約をお願いする。1泊200Mドルプラス税金、サービス料、朝食つき
(合計約7000円)は近隣諸国に比べればリーズナブルに思う。
そして、空港から香港のエアポートエクスプレスそっくりの電車で、
市内へ向かう。香港と同じく30分以内で市内へ行ける便利な交通手段で
あるが、運賃も片道35Mドル(1000円強)と香港のそれ並み、現地の物価
からすればかなり割高だと思う。それでも便利な交通手段なのだが。
とりあえずこの後はホテルにチェックインし、現地在住の、日本の友人から
紹介していただいた方に連絡する事になっている。
その2に続く
またまた政治ネタで失礼します。
台湾の陳水扁総統が3日、台湾の将来を決める住民投票法制定の検討を主張したことに対し、中国当局者は「台湾当局が『台湾独立』を進めるならば、我々は台湾問題を武力で解決するしかない」と語った。
相変わらずというか、どうも中共は恫喝の言葉だけは達者のようで…
実際「武力で解決しようとして」痛い目に遭うのは中共のほうですよ。と言いたい。
陸軍の力は中共は強大な物の持っているかもしれない。だが、海峡を挟んでの
両岸の置かれた位置を見れば、海軍、特に空軍力がものをいいます。
アメリカやフランスから最新鋭戦闘機を導入していて、自衛隊や米空軍にも
劣らない力を持っている台湾軍に対し、旧ソ連のおさがりが主流の中共軍、
痛い目に遭うのはどちらかか、明らかでしょう。
決して外部からの恫喝に屈しない力を持っている政治家は、わが国の
「土下座外交しかできない」政治家や官僚を見るに付け、とても頼もしく思います。あんなに政治家や官僚がマスコミに叩かれる国も珍しいのではないのでしょうか。
このように、中共が、台湾を武力で解決できない力なのを知っていながら、
「台湾を武力侵攻したら江沢民は中国のヒトラーだ」という石原都知事の発言、
相変わらずいやらしいですね(笑)
ともかく、平和的手段で解決できれば解決できればというのが私のスタンス
であるのは変わりません。(もちろん「統一」なんかじゃないですよ)
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■2002/08/02 (金)
ヒロシマと歴史教育 |
会社勤めの今では、8月といっても通常の出勤で、ずっと休みであった学校に
通っていた時が懐かしいです。
ただ、夏休みとはいっても大学時代を除いて、「登校日」が指定されていました。
小学校の時は8月6日、「ヒロシマ」の日は必ず登校日になっていました。
その日には先生から核兵器のもたらした悲劇を教わった記憶があります。
決して日本はアメリカの戦争の「被害者」だという、反米を煽る教育ではなかったと思います。あくまでも戦争の悲劇を教わったと思っています。「反米教育」は
民主国家日本にとって、何のメリットももたらさないですから。
一方アメリカでは広島に原爆を投下した「エノラゲイ」を国民的英雄として
展示、保存をする動きがありましたが、私自身、歴史観はそれぞれの立場で異なる
のは当然だと思いますので、この動きに対してはとくに感情は持っていません。
近年日本の歴史教科書に対し、あからさまに「内政干渉」する動きが近隣諸国
から頻繁にあるのはゆゆしき問題だと思います。それらの近隣諸国では、
「反日」歴史教育が徹底されていますが、それは日本に対して自国民の不満を
煽らせる事によって、自国政府への不満をかわしているという風に見える
のは私だけでしょうか? それから他国の歴史教育には口を挟むべきではないと
同時に挟まれるべきではないと思います。
戦争はどちらの国が良いか悪いかの問題ではないと思います。ただ、一部の政治家
やお役人を除く、一般の民衆が常に被害者になること、これだけは明らかだと思います。
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■2002/08/02 (金)
チベットの人々の叫び |
たまたまネットサーフィンで見つけたのですが、亡命チベット人に対して
支援を行っているルンタプロジェクト
というサイトを紹介します。
「ルンタプロジェクト」とはNGO組織で、虐待の末、インドへ亡命したチベット人
に対する職業訓練による自立や孤児への支援などを行っています。
このサイトを見て私が最もショックを受けたのはチベット人に対する言葉を絶する
ような拷問の数々であり、もしこれをご覧になれば人道的に許されない思いに
かられる思いになる人々も多いかと思います。
なお、ルンタプロジェクトでは、亡命チベット人への支援を募集しており、
もし関心のある方は協力していただければ幸いです。私自身も何か出来ることが
あれば、ぜひわずかながらも協力できればと思います。孤児の里親募集なども
行っています。
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