Kasumiの独り言・・・Angel Breath

Angel Breath

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さるさる日記

2010/03/15 (月) ありがとうの塔

ありがとうといわれた人はそのいわれた分だけしあわせが増える。
その人の中に、ありがとうの塔が建っていく。
一つ、また一つ。
ありがとうが積み重なっていって、その人の人生が終わった時に
どれだけのありがとうの石が積まれているかで、生き方が分かるのだ。

だから私は大事な人、大好きな人にありがとうを心からたくさん言う。
自分のために何かをしてくれたり、言ってくれたりした人には
それがそのままその人のしあわせとなって積まれるように。

日々、生きていると感謝することが多い。

自分の出来ていない足りない部分を指摘し、時には触れて直してくださる
先生。
いつも心の中でありがとうございますと思う。

足が痛そうだといってリハーサルの途中でさすってくれる友人。

夜遅いリハーサルで私の電車の時間を気にかけてくれる友人。

花粉症のサプリメントを毎食後、自分に一つ、私に一つ。
手渡ししてくれるくんくん。

知らない人にもありがとう。
電車の中で網棚に荷物を乗せるのを手伝ってくれたおじさんに。
気持ちの良い笑顔でパンを包んでくれた店員さんに。

ありがとうの石は多い方がしあわせに近づけるから。
その人がどれだけ多く感謝されたかの印だから。
感謝した分だけありがとうを思う。
その人のありがとうの塔がうんと高くなって行くように。

2010/03/11 (木) 近藤さん

近藤さんは私の数少ない小学生時代の友人だ。

私も転校や引っ越しが続いたので、小学校を卒業して以来、会ってないと思う。

クラスの中では近藤さんはとてもおとなしかった。
でも、少人数になるとリーダーのようにふるまう。
ちょっとユニークな子で、絵を描くことが好きという共通点から仲良く
なった。

近藤さんはこんなことを言っては失礼だが、私と一緒で決して美人でも可愛
くもなかった。
自分でもそう思っているようで、自画像を描く時はデフォルメして個性的に
していた。
自画像だけは可愛く描いてしまう私とはそこが違った。

私は近藤さんのどこか不思議な感覚が好きで、よく家に遊びにいった。
ハーフというわけではないのに、仕草や言うことが日本人ぽくなかった。
大きな木が庭にたくさんあって、芝生で、古いけれどセンスの良い、どこか
外国っぽい雰囲気の漂うお家だった。

品の良いおばあちゃんが一緒に住んでいて、いつも笑顔のやさしいお母さんがいた。

近藤さんは髪が長くておさげにしていたけれど、性格は男の子のようで、
提案してくる遊びは男の子の遊びばかりだった。

二人で自転車に乗って遠くまで行った。
道じゃないところもどんどん走った。
レンゲを摘んだりもした。

一緒に同じノートに漫画を描いたりしていた。

近藤さんはオカルト漫画が大好きで、(私も好きだった)薄気味悪い漫画を
好んで描いていた。
彼女の描く漫画の結末は骨になって肉を食べられてしまうことが多かったの
で「いつも同じ」と思うようになっていた。

どちらが先に離れていったかは覚えていないが、鬼ごっこで
「ミキを一人狙いしよう」と決められた時には、もう一緒にいても楽しく
なくなっていた。

6年生の頃か、ハッキリ覚えていないが、いつの間にか近藤さんが学校に
来なくなっていた。
以前仲良くしていたので先生に呼ばれて近藤さんが学校に来たらやさしく
してあげて欲しい、と頼まれた。

私も学校はそれほど好きじゃなく、よくさぼっていた時、クラスの子達
から妙に親切にされて、それが先生の差し金だと気付いて微妙な気持ち
になったのを思い出した。

無理に仲良しのふりをするのは人に対して失礼なので、ごく普通にした。
近藤さんはすっかり無口になっていた。

今でも時々近藤さんを思い出す。
まだオカルト漫画を描いているかなあ。

2010/03/10 (水) 新宿

久しぶりに新宿の街を歩いていた。
少し時間をつぶす必要があったので、喫茶店に入るか、ウィンドーショッピ
ングか、行き当たりばったりで考えようと思った。

目的の場所は新宿3丁目の駅の近くだったので、その界隈で地上に出た。

伊勢丹でびっくりした。
お客さんの数よりも店員さんの方が多い。
アクセサリーコーナーには黒服で白手袋をした店員さんが、ガラスケースの
中でずらりと並んでいた。

とてもじゃないけど、あんなに店員さんがいたら、買うつもりない人は
ぶらりと見れないな、と思って通り過ぎ、靴の売り場で値段にびっくりした。
いい靴が高いのは知っているけど、4万とか5万とかこういうのをポンと
普通に買う人が日本にはたくさんいるんだなあ。

学費が払えなくて高校を卒業出来ない子も増えているというのに。

そんな貧富の差を身にしみて感じながら伊勢丹を出た。

ぶらぶらしているうちに見たことのある小道に出た。
ここが新宿の歌舞伎町付近か、と知らない人は驚くかもしれない、木々に
囲まれた小道だ。

でも、ここを夜遅い時間に通るのはとても怖い。

小道からはずれて繁華街の方へ抜けるとたちまちいかがわしい店が現れる。

ウェイトレス風のコスチュームでパンツ見せてる女の子達。
歩いてる男の子達は髪がつんつんで、お揃いみたいに黒い服を着ている。

店からは夜のニオイがした。

風林会館の上をカラスが飛んでいた。

そういえば昔、この辺でティッシュ配りのバイトしたっけ。
時給が良く自由に時間が選べるので、ダンスでまだ稼げなかった頃、
そういう単発のバイトをしながら、ダンスの仕事が来るとそれを優先して
いた。

レギュラーで仕事をびっちりいれてしまうと、いざ、仕事が入った時に
困るからだ。

アルタ前のステーションスクエアではよくイベントショーをやった。
ダンスが始まると恐ろしいくらい人だかりが出来る。

結局どの店も何だか入る気になれず、うろうろして、ドトールに入った。
ロイヤルミルクティーを飲みながら、新宿はもう私のテリトリーじゃないな
と思った。
今の自分とは対極のところにある気がした。

土とか花とか、アロマとか、そういうのが落ち着く。
とがらせたナイフみたいな部分はもう持ち合わせていない。
生きていくうちに刃先がまるくなっちゃったのかも。

ネオンが他人事みたいに眩しかった。

2010/03/05 (金) 七の段

数学が不得意だという話は何度か書いた。
まあ、自分の恥を何度もさらすのは、アホかと思うが、自分でも解せない
ことがある。

かけ算の七の段。

これは私にとって生涯友となり得ぬ。

特に覚えられないのが7×4だ。
24か28か迷う。

あとは楽勝だ。寝てても言える。
(いばることでもないが)

ちょっと付け加えておくと、7×3は結果的には21と分かるけれど
実を言うとすばやく3×7に変換して計算している。
何喰わぬ顔をして。

何故なんだろう?

何故七の段は覚えにくいんだろう?

私の脳みそを解剖して教えて欲しいくらいだ。
どの部分を使っているのか、電極みたいのをつけて、調べて欲しい。

私がつまづくのは7×4だけなのだから、あれが出たら28と暗記して
しまえばいいのに。

でも、「3×7は21だから7をもう一回足して28」とか考えている。

暗記の方がどれだけ脳を使ってないか。
こっちはものすごい速さで計算しているのに。

28の覚え方を研究しよう。
例えばこうだ。

2月は閏年以外28日で終わり。

こんなキーワードで思い出そう。
24じゃなくて28だよ。

これはいい。

画期的だ。

全、世の中の七の段が不得意な諸君へ。

一緒に覚えよう。

2010/03/04 (木) まばたきとCM

下を向く、つまり目を伏せるというのは自信のなさの表れである。
私は昔人の顔をあまり見ることが出来なかった。
今でもちょっとそういうところはあって、正面に座るより横並びでいたほう
が楽だ。
人の顔を遠慮なく凝視し続けられる人はすごく自信家なのだと思う。
インド人はガン見する。
絶対目をそらさない。
いつか、シンガポールのインド人街であまりにみんながガン見するので、
挑戦したことがあるが、こっちが強気でずっと見続けるとやっと戸惑いと
ともに目をそらす。
だから、性格ではなくそういう国民性なんだな、と思った。

瞬きも多い。
これは脳が当惑している時に起こる。

目の前の状況に驚いた時や、言われたことがすぐに理解できない時など。
脳が賛成してない印。

昔、P&GのCMのフィルムオーディションがあり、職業、ダンサーということで
電通だったか博報堂だったか忘れたが、行った。

メイクもしてもらい、カメラの前で色々喋って、フィルムを見た。

ところが瞬きが多くてそれが目に付く。
自分でそれを言うと、「じゃあ撮り直しますか?」と聞かれた。

普通なら仕事は欲しいし、オーディションには受かりたいから一も二もなく
「はい」というべきだ。

でもその時私は急いでいた。
教えているクラスの時間が迫っていたからだ。
ダンスのレッスンで遅刻するのはあり得ない。事故など不可抗力は仕方ない
けれど。
そしてクラスの教えも私には大事だったので、葛藤の中、帰った。

仕事に対してハングリーさが欠けると思われただろう。
メディアに出たい人はこれでもかというくらい、自分アピールをするし、
何でもやります!的な意欲を見せる。
いつも私はどこか一歩引いたところでそういうのを見てしまうことがあった。

その頃、TVドラマにもダンサー役で毎週出ていたし、映画もダンサーのエキ
ストラのようなものだけど、出演した。
歌番組でバックダンサーなどもやっていた。
CMだけが経験がなかったので、本当はとてもやってみたかったのだけど。

結局フィルムオーディションで落ちたらしく、私が喋るCFは流れることは
なかった。

瞬きのせいなのか、良くないとわかっているのに撮り直さなかった態度が
良くなかったのか、もっと根本的な理由かわからない。

踊っている時はほとんど瞬きをしないんだけどな。
たぶん、踊りの国の人になっているからだと思う。

2010/03/03 (水) ビデオ編集

TAROは学生時代ギターをやっていた。
(かぐや姫時代のフォークソングだ)
ウィンドサーフィンやスノボも好きだけど、音楽も好きみたいで、
それでもって電気系の頭をしているので、そういう仕事(どういう?)に
つきたかったみたいだ。

名前を言えば「ああ」とみんながわかってくれる電気系の会社に就職した
のもそういう思惑があったと思う。
レコードとか音響設備も出してたからね。

でも電気屋だったのが不幸を呼んで、機械系の部署に回された。
大きい会社は部署が違うと仕事の内容は全く違う。

自分のやりたかった仕事ではない、機械油にまみれてずっと働いた。

移動願いは受け入れられず、つかえるので離してもらえない。
ある時、会社を辞めた。

「そんなにイヤだったら辞めてもいいよ。
私がしばらく頑張るからさ。」と奥さんは背中を押した。

それからちょっとの間、模索して、結局また電気系の企業に就職した。
やっぱり音楽や映像とは関係のない電気系の場所に配属。

転職には年齢のリミットがある。

こどももいるので高校、大学とお金がかかる。

TAROの夢は叶わなかったけど、趣味でビデオを作っている。

それは家族の旅行であったり、舞台の記録であったり。

ビデオと写真を組み合わせ、音源を自分で探してきて編集する。
私がいうのも何だが、素晴らしい出来である。
音のセンスも良いし、絵ヅラも経験を重ねるうちにどんどん良くなっている。

昔はお互いのテリトリーには入らないで生活していたが、ビデオの為に
TAROがリハーサル場所に来るようになった。

思わぬ産物として、私の仕事に対する理解度が深まった。
楽しく踊ってチャラチャラしてるわけじゃないんだ、人の生き甲斐や夢に
かかわっているんだ、というのは現場でしかわからない。

TAROの作るビデオはどんな業者さんに頼むよりいい。
裏話をすれば、笑顔がなかなか撮れない人には半年はりついていいショット
を狙う。
だからみんな一番いい顔が残るのだ。

笑っている顔だけじゃない。
真剣な眼差し、目の奥に宿る愛情まで写し込む。

TAROビデオを観ると、舞台は当日だけじゃなく、その課程が大事なんだ、と
あらためて分かる。

そして、プロモーションビデオのような家族旅行のビデオを持っているのは
我が一族だけだと思う。

みんなが誉めてくれて喜んでくれる、それがTAROへのご褒美。

2010/03/02 (火) 街路樹

私の住む街の駅前はほとんど何もなく、古いスーパーと銀行、そして
CDレンタルショップとコンビニがあるのみ。

美味しいラーメン屋さんもない。

最近出来た餃子の王将には何故か知らないけどやたら人が並んでいる。
よほど行くところがないのだ。

なんて、出来たばかりの時に私も並んだけど。
一度行ってみたくて、くんくんを無理に誘って、「絶対今日行く」と決めて
行ったら並ばされた、というだけのことだけれど。

餃子は美味しかった。
でもらーめんは今ひとつだった。

そんな話はいいとして、駅前開発は去年辺りから少しずつされていて、
歩道が広くなった。

ベンチやテーブルなどが置かれた。

小さい子達が座ってアイスなど食べたり、学生達が部活の帰りにお喋りした
りするのを見ると、何だか分からないけど嬉しくなる。

でも、たいていは、煙草を吸う人達がいて、そうなるともうそこはみんなの
くつろぎの場所ではなくなっている。

そんな駅前のスペースに、街路樹が植えられた。

木のある風景は好きだ。

どんな木かな?金木犀かな、沈丁花も少し欲しいな、桜だといいな、
と楽しみにしていた。

でも何だかよくわからない木だった。
花、咲くのかな。

どうせなら花の咲く木にすればいいのに。

環状三号線沿いにはつつじがきれいなところがある。
笹下釜利谷街道はハナミズキ。
ひらかた湾から横須賀方面へはさるすべりが見事。
季節を感じられてとても気持ちが晴れる。

メンテナンスが大変?
いえいえ、たいていの木はそのままほっといても大丈夫です。

掃除が大変?
自然の物は自然に還ります。

せっかく市の(区かもしれないけど)お金を使うんだったらもっと気の
きいたものにすればいいのになぁ、と残念に思う。

そういうのを決めている人って誰なんだろう?
花が咲かなくても実がなるとか、クリスマスツリーみたいな木にするとか。

横浜は暑いからダメか。

私だったらライラックとさるすべりと沈丁花と桜にする。
姫りんごとかも可愛いかも。

たぶん、賛成してくれるおじさんは少ないんだろうな。

2010/02/28 (日) マスオさん

マスオさんは立場がマスオさんなので、自分の意見をハッキリということ
が出来ないのであろう。

賛成の時はいい。
でも面と向かって反対意見をいえないので、「えええ〜っ」という声で
ひそかなる反抗をしているのだ。

サザエさんはあんな性格だし、お父さんやお母さんはいるし、
「そりゃあ、サザエが悪い」などとは言えないのだろう。

驚くということで「納得してない」ことをアピールしている。

「マスオさん」だけでなく、きっと日本中の嫁姑の間で
「えええ〜っ」は上手に使われていると思う。

2010/02/27 (土) 煙の行方

ここ数年だ。
タバコを吸う人に規制が出来てきたのは。

今まではずっとずっと吸わない人が我慢してきた。

個人個人になると、みな、気を遣い、一緒にいる相手に煙がいかないように
してくれるのに、知らない人同士や集団になると、おかまいなしだ。

今、やっと、少しずつそれは本当はおかしいんだよ、ということが一般的に
伝わり始めている。

高校生の時、最寄り駅までバスで、バス停で待つ間中、サラリーマンのおじ
さん達が吸うタバコの煙の中で、息をとめて耐えていたのを思い出す。

バスに乗る時に備え付けの灰皿にタバコを捨てていくのだけど、ちゃんと
火を消さないから灰皿からもくもくと煙がたって、その日の朝の始発から
のタバコの煙は増え続ける。

離れたところでバスを待つという手もある。
でも、並ばなければ座れない。
駅まで40分。それから電車で40分。
やっぱり座りたい。

この世の中からタバコがなくなったらどんなにいいだろう、と毎日泣きたい
ほど辛かった。

あれから20年以上たった今、一応建前上は横浜も路上喫煙は禁止なはずで
ある。
でも、罰則がないというか、歩き煙草で法的にとがめられる人がいないの
で、個人の良識に任されているのが現状。

電車のホームで吸う人は少なくなったけれど、駅の外に出た途端に吸いたく
なるらしく、(何故家まで我慢できないか?)
歩きながらさっそく火をつける。

駅からの帰路は最初はみな同じ道。
たまたま自分の前を行く人がタバコを吸うと、その人と別れるまで、ずっと
煙を吸い続けなければならない。

吸う人は何十mも離れたところにいる人達がこれほど嫌な思いをしていると
は夢にも思っていない。

呼吸器系をおかしくしている時の煙は本当につらい。
咳が止まらない日が続くと気管支炎になり、肺炎になることもあるが、そう
いう時にタバコの煙を吸うと、いつもの何倍もつらい。

気持ちの上でイヤだというだけなら「個人の自由」だが、肺が痛いとか、
そういうのは「嗜好品」と言われても納得いかない。

嗜好品とはコーヒーやお茶など、そばで誰かが飲んでいても毒にならないもののことを言う。
毒なのに、売っていること自体が私は理解に苦しむ。

煙草に頼らないマインドコントロールが出来る人になろうよ。
分けられるものなら分けてあげたい。
ストレスマネージメント。

2010/02/24 (水) ナイトの気持ち

ここのところ、のんちゃんと一緒にバレエの自習をしている。

のんちゃんはバレエの先生で、今度自分のところの発表会を開催する予定だ。
若い稽古場で、生徒さん達がまだ小さい子が多いため、のんちゃんも踊ら
ないと場が持たないということで、作品の主役を踊ることになっている。

「主役?いいな。先生ってずるい。」
みたいに思う生徒もいるかもしれないけど、それは何もかもお膳立てされた
舞台で、面倒見てくれる師匠もいての舞台ならいい。
でも全部自分で何から何まで準備し、事務処理に追われ、本番までろくに
稽古に行く暇もなく、当日は自分のバーレッスンすらする暇もなくばたばた
で舞台に立たなければならない状況で踊るのは不本意なのだ。

ダンサーとしての評価を下げてしまうおそれもあるし、何より自分でも
いい加減に舞台で踊るのがイヤだ。

それでも進行上の都合で誰かがそこを踊らないと上手く回らない時、
自分をそこへ投入する。

ゲスト呼ぶとお金がかかるし、自分ならただだし。

のんちゃんは他でも十分に通用するダンサーである。
自分のところでしか踊れない人ではない。

そして何故私が一緒に自習しているかといえば、その舞台に一緒に立たせて
いただくからである。

先生はたいてい自分のことは後回しにしてしまうので、練習する時間がとれ
ない。
それが分かっているから、共同戦線を張って無理にでも踊る時間を作る。

男性ゲストは本番まで10回しか来てくれない。
だからあとは自分で稽古する。

私が踊る予定の「ブルーバード」はのんちゃんが昔踊ったことがあって大好
きな演目だそうで、音がかかると男性役のように後ろに立ってくれる。

リフトこそしないが、慣れないうちはそこに人がいるだけで雰囲気がつかめる。

のんちゃんは「オーロラ」である。
私の一番大好きな演目で、昔、発表会で一度だけ踊ったことがあり、本番ま
では嬉しくて仕方なく、浮かれていたのだが、本番のビデオを観た日の夜
うなされて・・つまり、あまりのひどさに・・それ以来封印している。

振りはほとんど忘れてしまったが、男性の動きをなぞってみる。

あとでのんちゃんと二人で言った。

「後ろに立つと男性の気持ちが分かるね」
「女性を少しでも上手く、きれいに見せてあげたいと思っちゃうね」

ああ、ナイトの気持ちがわかる男前な姫たちよ。

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