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■2009/03/26 (木)
更新がまた花粉の季節になってしまった |
皆さんお元気ですか。私は元気です。就職した病院でコツコツへなへなと仕事ばかりしています。もちろん旅行に行ったり飲んで愚痴ったりもしています。腹壁にポチとできたシコリをいじりながら、転移か!とキニナルモ、診察にも行かず。来月な勤務表ができたら行こう。有言実行です。
二十年前から好んで読んでいた作家の本を久しぶりに読んで驚いた。この人は一体…彼女の価値観が変化し私が保留なのか、彼女はそのままで私が変化したのか。さようなら銀色さん。
ホームページを作ってから10年、ニューマシンもなく、起動しても真っ黒な17インチのモニターながめ途方にくれる。引っ越しすらできないじゃないか?ォ各IDは?パスワードは??ホームページをご覧になる方もいないでしょうが、いつか必ず手をつけますので、いつかまたここで話しましょう。もしかして、私も、さようならTANPOPOさん?!
久しぶりです。相変わらず鼻炎はひどく、2か月毎にステロイド治療をしているけれど、アレルギー体質が治るわけではないのよね。それでも、ずるずるしてるよりはよい。娘も元気で、推薦で落ちた都立に一般で合格し元気に通っている。おととし家に戻ってきた息子も元気。夫もgolfばかりですが、元気。私も元気。これって幸せなことだから、あまり多くを夢見ないようにしなければ。またゆっくり更新しよう。皆さんもどうぞお元気で!
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■2008/02/01 (金)
どうにもこうにも1年ぶりに更新か。 |
「明けまして」もおかしいし、メリークリスマスはもっと不自然。
キーのたたき方まで忘れてしまったようです。
ご無沙汰していました。皆さん、お元気ですか。私は夜勤明けですが、まだ元気です。
ゆっくり友にメールを送りたくても、受信していないメール8000件近くあり、それらを受信しなければ、送信ができない悔しさ。ほとんどがSPAMや広告メール。addressかえていても、ポストサーヴァーが同じだから、同じSPAMが重なって届く始末。おうおうおう。
不義理をしているネットフレンドやお友達、ホームページを放置しているのに、訪問してくださる方々、本当に申し訳ありません。すこしづつ頑張ろうと想うものの、想うだけで、本当に_(._.)_ごめんね。
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■2007/02/05 (月)
娘 落胆、私、過労 |
夜勤明け。日記、久しぶり。
看護職に就こうとした初心を忘れて、ウロウロしている。
仕方ないかぁ〜と自分に甘くしたりしてる。
娘、都立の推薦オチル。
残すは一般入試のみ、はて、どうだろう。
もっと必死さだして、本気でトライして。
でも、私は心の奥でこうも思う。
元気だからいいかぁ〜
またここでも結局は自分に甘くしてる。
春はもうじきだ。
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■2006/05/31 (水)
子宮がん系サイトの増加と本音■NO1 |
そういえば、子宮ガンのホームページもとても増えてきて(私が開設した当時は3つしかなかった)もう子宮がんDiaryは個人の趣味の世界だ。って唸っても、もともと趣味なんだけど。やはり手術したばかりで、気持ちを共感できて、苦しみが共有できて、bbsやメールで即レスがあるほうが、癒されたり、励みになったりするのでしょう。術後10年の温度差は大きい。それは理解できる。
サイト「子宮がんDiary」の存在がひとつだけあるとしたら(自分で言うのもなんだけど)私の発がん当時出会えなかった『希望』だろうと思う。1996年当時、まだインターネットをしていなかった私は、アナログの闘病記だけが頼りだったのだが、その多くが、私の未来を不安にさせるものだったように思う。出版していなくても、進行がんでも、この世界のどこかで生きている人もいたのだろうが、その存在に気付くすべもなく、私は途方にくれたことがある。
IT化進み、欲しい情報は寝ながらでも、収集することができる。場合によっては、コミニュケーションを図ることも可能。同じ苦しみを分かち合える人達の存在は大きいものだろう。オフ会などに参加したりして。
でも私は思っている。私が治療して闘った3年間の間、インターネット環境がなくて本当に良かったと。私の性格を考えるとこの空間に依存し、癒しを求め、目の前で心配してくれる人達の存在を、自分を理解してくれないからという大義名分を振り翳し、ない物にしたのではないかと思うから。
そして、そんな私と周囲の人の間には壁ができて、どんどんその壁は高くなって、向うからも壁の中の私が見えなくなって、私も壁の向こうが見えなくなって、気付けば、どんどん、孤立したと思うから。
前ページのNO2に続く――
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■2006/05/31 (水)
子宮がん系サイトの増加と本音■NO2 |
NO1からのつづき――
インターネットの存在は否定はしない。しかし、苦しいのは病気になった自分だけで、健康な人=苦しみがないという考えが悪循環を生みだし、何よりも現実に私を思う人の存在を忘れてしまうことが恐いと思う。
私はココにいて、家族の気持ちや苛立ちや心の叫び、友の苦しみや愛情を知ることができた。現実の私の傍にいる人の苦しみを分かち合う作業が私を成長させてくれたと思う。そして、私の苦しみを目の前にいる人に吐露することで、彼等もまた成長できたのだと思っている。
そんな過程の中で、自分の苦しみはやはり誰にも理解されないものだと、拗ねてひねくれた時もあった。反対にこの苦しみは自分だけが背負うほうが良いと純粋に本気で思う時もあった。彼等もまた彼等が抱えた苦しみは私には理解されないと苦しんだこともあるのだ。その彼等の苦しみにも目を向けるためには、やはり現実のなかで闘い、今存在する人達のなかで、生きることが私にはベストだったと思う。
一緒に泣いたり、笑ったり、背中をなでてもらったり、カッコ悪くたっていいのだ。自分の苦しみを伝えることからはじめるのだ。それが『共に生きる』ということの原点だと思う。共は『人』と『病気』のふたつ。
『生きたい!』と願う気持ちと『死なないで!』と願う力は同じ力なのだと10年経って思っている。
(C)TANPOPO
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■2006/05/31 (水)
迷惑メールと相互リンク |
最近、ウイルスも多いが、スパムメールが増えてきて、困る。「桃子です」が多い。「待ち合わせ忘れてる?」「特別会員に決まりました」「入金致します」「悩みを聞いてください」とかいろいろ、思わず空けてしまいそうな件名で。プロパティをみてから、私は空けるようにしているけれども、それでも、空けて「ちっ!!」となることの多いこと。減らすにはメールアドレスの数を減らすしかなさそう。1週間受信しないと1000通近いし。
最近、多いのが相互リンクの依頼。基本的にはリンクフリーにしているので、貼ってもらうのは自由なのだが(勝手に貼るなといっても貼る世界だし(-_-))今、リンクページすら存在しない子宮がんDiaryなのに、なぜ?と思うこともしばしば。ページ作成時に相互リンクしますが、時間のお約束はできません。と同じような返事を繰り返している。
ホームページ作成支援プログラムのあの「さくさく君」がなんと今日を以って終了してしまうのだ。学生中に旧infowebのサーバーからニフティに移動したとき、取りあえず作成したので、ページも足りないままだ。また、このさくさく君が終了なんてなんてことでしょう。そして私も2ヵ月時間があって、更新しないなんてなんてことでしょう。閲覧は可能なようだが(さくさく君は10ページしか作れない)。
う〜ん。PC買うにもお金が…。
こんなPC使用しているの私ぐらいだろう。
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■2006/05/30 (火)
オオイヌノフグリのような |
オオイヌノフグリのような
一度は目が覚めたが二度寝して結局は9時だ。和室の掃除とシーツなどの大物を洗濯してから、仕事用のノートを買いに文房具店へいく。おねえさんが傍にずーと立っていて選びにくい。文房具は気に入ったものを使いたいのに…妥協して買う。娘が「あそこはだめだよ」と不快にしてたのがよくわかった。薬店で雑貨と化粧品を買う。種類が多すぎて選べないから、竹価格を買った。まだ仕事をしてないのに外勤すると色々と物入りだ。
明日は洗面台の細かい物達を整理というか、捨てよう。今なら捨てられなかった物を捨てることができそう。愛着があったモノが突然色褪せてみえるのは、モノが変化したのではなくて、捨てる側の心に動きがあったということ。それも天変地異のようなことではなくて、散歩してたら糞を踏んづけてしまったとか、もう終わりなのかな…とスーと考えが風のように心に吹くような。人間付き合いも同じこと。終わりにする人の心にスーの風がこないように、こちらやあちらは存在のありようを変化させることも大切だ。私の周囲にあった嘗ては大切だったモノ達、ありがとう。
私は少し軽くなって、今までと異なる場所でまた小さな花を自分の手で咲かせてみたいのです。花を探すのではなく咲かしたいと思うのです。その花は私にしか咲かせられなくて、私だから咲かせられる花なのだと。それはオオイヌノフグリのようなものだと思う。本当の私はたんぽぽのようではないから。
…
明日は六時に起床する練習をしてみる。最近は九時頃までのんびりしてたから。そして、持ち物を準備する。洗濯もしなくては。靴だけ持ってくるように言ってたけど、キャップも準備しておこう。小学生が遠足いくみたいだ。
初日はお弁当持参だし。とにもかくにも、落ち着いて行動しよう。私は時々オバタリアンな動きと言動をする瞬間があるから、気を付けよう。落ち着きすぎてボーとして、気持ちが遠くへいかないように。自信をもって、でも謙虚な感じて。
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■2006/05/29 (月)
就職先決まる NO1 |
再度、最後の更新から1ヵ月以上が経過してしまった。
6月から外科病棟に勤務することになった。消化器外科と乳腺外科がメインの病院でターミナルケアあり。給料が他の施設の新卒より7万低いのがちょっと…とも少し思うけど、給料が良ければどこでも良いや。というのはどうも気が進まない。
体力を考えれば、クリニックや外来の方が、夜勤もなく良いのだけど…。今の私は免許を持っていても、注射採血点滴も吸引もドレーン挿入も何もできない。外科は大変だけど手技習得には良い部署だろう。
採用面接も丁寧だった。施設勤務経験のない私への質問はやはり「なぜ看護職を?」だ。ゆっくり落ちついて言葉を選びながら答えた。キャンサーサバイバーのことも。大病を既往にもつナースの場合、採用で不利になるとも聞いていたが、事実をありのまま伝え、熱意を伝え、それで採用されなければ潔くあきらめるしかないと考えたから。
「一般社会を経験された方がくるのはこちらとしても頼もしいし、ガン患者が多いので、ガンの経験はここでも大きなものになるでしょう。(消化器癌・乳癌と子宮・卵巣癌は患者の捉え方や困ることが大きく異なったりするのだけど…)」と。
「外科のナースは厳しいですよ。大丈夫ですか?年下ばかりですが巧くやっていけますか?大丈夫ですか?」と尋ねられるが、厳しいならできませんとは普通は言わないでしょう。「看護学校も最年長でしたから、それは大丈夫です」と答える。
6月にガーゼ交換・注射・採血、輸液管理(留置針含む)などを覚え7月から夜勤がシフトに組まれる。この夜勤が2交代なのでかなり長い。新卒なので、仕事の手際の悪さを考えると約20時間勤務になると予想。ナースにとって、一番必要な体力がとても心配ではあるが、健康管理に努めよう。
看護学校に行くことが決まった時も、周囲から「いじめられたりしない?」「勉強ついていけるの?」など心配してくれる声があったけど、私自身は毎日、朝、起きて、通学できるのか?が気がかりだったのだ。
出勤は日勤で8時なので、着替えを入れたりお弁当作ったりすると、6時に起床し、7時にでれば間に合う。通勤は晴れの日は自転車で18分ぐらい。雨の日はバスだが、バス停が遠いんだよね。歩くと35分ぐらいかってしまい、疲れて仕事になんないと考えられる。タクシー出勤かっ( ̄◇ ̄;
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