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2003年12月31日を持ちまして、ここさるさる日記を使わせていただいた「読前読後」の更新を停止し、下記のURL(はてなダイアリー)のみで更新を行います。
長らくのご訪問ありがとうございました。
ここはしばらくそのまま残しておくつもりです。検索などでご利用ください。
→ 新・読前読後
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■2003/12/31 (水)
中間小説への誘惑(上) |
『文壇うたかた物語』(筑摩書房、感想は12/12条)につづいて、大村彦次郎さんの新田次郎賞受賞作『文壇栄華物語―中間小説とその時代―』(筑摩書房)を読み終えた。
「巻を置くあたわざる」とはまさにこのことで、読んでいて章の区切り、節の区切りになるたびに本を閉じてひと休みしようと思いつつも、その先の文章が目に入るとついまた読み出して止まらなくなる。
前著は大村さんご自身の編集者生活を縦糸にして、その見聞が中心になっていたが、本書はそうした地点から少し距離をおき、また時期も終戦から十年余と時期的に少し早い時期を対象としている。
伊藤整の『日本文壇史』を読んだことがなく(持ってもいない)、パラパラとめくっただけにすぎないけれど、その印象では、戦後版の『日本文壇史』があるとすればまさにこの本がそういうものなのだろうと想像する。
奇しくも本書では伊藤整が「チャタレイ裁判」や『伊藤整氏の生活と意見』で一躍売れっ子となった様子(年収が前年の十倍を超えた)や、また本書に贈られた賞の名前になっている新田次郎が文壇にデビューしたときのエピソードなど、戦後作家の挿話にはこと欠かない。
「あとがき」によれば、本書は次のような意図で書かれた。
三年前、拙著『文壇うたかた物語』を刊行したあと、そのとき充分に果たせなかった編集者の側から見た戦後文壇史、とりわけ文藝春秋系統の永井龍男、新潮社出身の和田芳恵のお二人の業績を軸にして、その周辺と時代の流れを辿ることはできないか、と考えたのが、図らずもこの書の執筆モチーフとなった。
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■2003/12/31 (水)
中間小説への誘惑(下) |
ここにあるとおり、本書は、敗戦を迎えたときの永井龍男から始まり、『一葉の日記』で芸術院賞を受賞して復活をとげた和田芳恵の編集者として、また作家としての立場・生活を大きな縦軸としている。
いずれもすぐれた編集者として文壇に関わり、のちに遅咲きの作家として名声を確立した二人。
本書は時期的にそこまでカバーするものではないが、この二人の将来を知っているだけに、下積みの時期の重要性というか、栄光と挫折の波の大きさに感銘を受ける。
『文壇うたかた物語』でも読みたくなった松本清張だが、やはり本書でも同じ。
初期の「西郷札」や、社会派推理小説のさきがけとなった「張込み」など、すでに文庫本を入手しているので、読みたさがつのる。
ほか印象に残る人としては、またしても林芙美子・源氏鶏太・丹羽文雄・舟橋聖一。人名索引も完備されているので、今後彼らの作品を読んでは何度も参照する本となりそうである。
松本哉さんの新書新刊『幸田露伴と明治の東京』(PHP新書)を読み終えた。
松本さんといえば、『永井荷風の東京空間』『永井荷風ひとり暮し』『荷風極楽』『女たちの荷風』といった一連の荷風本、また最近では『寺田寅彦は忘れた頃にやって来る』(集英社新書)が印象に残る。だから本書もそのライン(明治文人シリーズ)で戦略的・意図的に取り上げられたものかと思っていた。
ところが読み進んでいくと、これまで松本さんはほとんど露伴を読んだことがなかったということがわかる。
露伴を書くことになったきっかけは、谷中を散歩して五重塔跡に興味を惹かれ露伴の『五重塔』を読んだこと、またその後編集者と話をしていて露伴の名前を出されたことだという。松本さんに露伴のことを書いてもらおうと餌をまいた編集者のクリーン・ヒットということだろう。それ以前はむしろ私のほうが露伴を読んでいるくらいだったようだ。
だから本書は、露伴をほとんど知らない人が一から露伴作品を味わってその魅力を知るという道筋が克明に書かれており、その点大上段に構えた露伴論でないことに親近感をおぼえる。
露伴の本をどうやって入手したかというところから述べてゆくのは、本好きにとって、他人がどのように本に接してある作家にのめりこんでゆくのかという関心を満足させるものである。
松本さんはまずネットで露伴全集の古書価を調べる。しかるのち町の古本屋で旧版全集(第一期分)を買い求める。なぜ新版でなく旧版なのか、それは本書を読まれたい。
電信技士として赴任した北海道余市から、職をなげうって文学を志し、東京に戻ったときの紀行である「突貫紀行」、そして処女作の「露団々」から読み始める。さらに作品では「いさなとり」「ウッチャリ拾ひ」「水の東京」などが紹介される。
私はいつもの「読み惜しみ」で露伴作品をそう読んでいるわけではない。だから「露団々」や「風流仏」など初期作品の魅力を知ったのは収穫だった。
「ウッチャリ拾ひ」で思い出したのは、国書刊行会の「日本幻想文学大系」シリーズ。このうちの露伴集は種村季弘さんの編にかかり、このシリーズのなかで一番熱心に読んだ集なのではなかっただろうか。
幸いこれらは実家に送ってあっていま容易に閲覧することができる。見てみると、「雪たたき」「望樹記」「ウッチャリ拾ひ」「土偶木偶」「新浦島」などが収録されている。「雪たたき」「ウッチャリ拾ひ」「土偶木偶」はこれで初めて読めたはずで、とりわけ幻想文学としての評価が高かった「土偶木偶」を興奮しながら読んだような気がする。
いっぽうの「ウッチャリ拾ひ」はほとんど思い出せない。いまであればこちらのほうを楽しく読めるような気がしないでもない。
松本さんの本に戻れば、作品だけでなく、露伴が住んだ向島界隈を自分の足で歩いたり、晩年を同じ市川で過ごした荷風と露伴の関係を、幸田文さんをからめて論じるなど、ユニークさが際立つ。
風景画家として、その著書には丁寧でリアルなイラストが入っており、松本さんの本を読むときの楽しみのひとつとなっているが、今回も、露伴が住んだ明治末年頃の向島界隈の手書き地図を見ていて時間を忘れるほどだった。
まだ荒川放水路が開かれておらず、水路が縦横に走り池が点在する田園風景の向島が眼前に立ち上ってくるようだった。
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■2003/12/29 (月)
紀行文と評伝でたどる美術館 |
東京に来て変わった面はいろいろある。そのひとつは博物館・美術館好きになったことだろう。
むろん職業柄博物館好きで“なければならない”のだが、天邪鬼かつせっかちな私は、まわりの人びとが博物館好きで展示などをひとつひとつゆっくりじっくり見ているのに反発して、展示も足早に見終えてしまう。
いまでも天邪鬼な性格は変わっていないので博物館のなかでも歴史系よりはそれ以外、そして博物館よりは美術館のほうがより心落ち着く。東京では毎月のように貴重な展覧会が開催されているので、つい「東京でなければ見ることができないかも」という意識が働いて、寸暇を惜しんで足を運ぶようになってしまった。
美術館に足を運ぶ癖がつくようになると、地方に行っても、これまで見向きもしなかった小さな美術館に気を止めることが多くなった。むしろ小さな美術館で名品を見つけて一人ほくそえむ快感をこそ楽しむようになったのである。
池内紀さんの『ちょっと寄り道 美術館』(光文社・知恵の森文庫)はそんな現在の私の関心にぴったりの本だった。
こんなに美術館にめぐまれている時代は、わが国にかつてなかったはずだ。国立、道立、都立、府立、県立、市立、町立、またさまざまな個人美術館が星のようにちらばっている。(元版「あとがき」)
どちらかといえば本書では、いかめしく「○立」を冠した館よりもむしろ個人美術館が多く取り上げられる。<q>「書き手の好み」</q>なのである。さすが紀行・評伝の名手池内さんだけあって、たんなる美術館探訪記に終わっていない。
個人美術館となれば、まさしく個性そのもので、つくった人、あつめた人、あずかった人、ひきうけた人、それぞれにドラマがある。(同上)
一人の芸術家の作品を中心に集めた美術館(棟方志功記念館・玉堂美術館・熊谷守一美術館など)の場合、その芸術家の一生を見渡す。一人の人が蒐集したコレクションをもとに設立された館(大川美術館・久万美術館など)の場合、コレクターの一生がラフスケッチされる。
美術館の裏側ではたくさんの人間の営みがあった。評伝・紀行のバランスが絶妙な楽しい読み物であった。
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■2003/12/28 (日)
2003年の印象に残った本(上) |
恒例の今年読んで印象に残った本を羅列してみたい。( )内はその月に読んだ冊数、★印の本は今年の新刊書である。いまのところ230冊読んだことになる。
ここからさらに絞るとなれば、やはり今年は私にとっては“川本三郎イヤー”になるのだろうと思う。『林芙美子の昭和』『郊外の文学誌』『青いお皿の特別料理』『東京の空の下、今日も町歩き』四冊いずれも内容充実の素晴らしい本ばかり。
このうちあえてベストを選べば、書影をかかげた『東京の空の下、今日も町歩き』になるだろうか。
小説をあげよと言われれば、久世光彦さんの『飲食男女』(感想は5/2条)が、正直あまり期待していなかったこともあってか、インパクトが強かった。世間的に(そして私のまわりの書友の皆さんのサイト的にも)あまり話題になっていないようなのが残念な短篇集である。
長篇では丸谷才一さんの『輝く日の宮』、その他短篇集では、川上弘美さんの『ニシノユキヒコの恋と冒険』と堀江敏幸さんの『雪沼とその周辺』二冊となるだろうか。
知的刺激を受けたノンフィクションでは原武史さんの新書二冊、『皇居前広場』と『鉄道ひとつばなし』が印象深い。
新書といえば坪内祐三さんの『新書百冊』によって、今年は例年にくらべて新書を読んだ冊数が増えたのではあるまいか。
その他山下裕二さんの『日本美術の二〇世紀』も夢中に読んだような気がする。
▼1月(18冊)
野坂昭如『文壇』(文藝春秋)
津野海太郎『滑稽な巨人―坪内逍遥の夢』(平凡社)★
高島俊男『漱石の夏やすみ―房総紀行『木屑録』』(朔北社)
▼2月(14冊)
川本三郎『林芙美子の昭和』(新書館)★
林芙美子『放浪記』(新潮文庫)
野口冨士男『いま道のべに』(講談社)
▼3月(20冊)
吉川潮『江戸前の男―春風亭柳朝一代記』(新潮文庫)
川本三郎『郊外の文学誌』(新潮社)★
山本夏彦『完本 文語文』(文春文庫)★
佐野洋『内気な拾得者―北東西南推理館2』(文春文庫)★
松山荘二『古書肆「したよし」の記』(平凡社)★
川本三郎『青いお皿の特別料理』(NHK出版)
山口瞳『血族』(文春文庫)
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■2003/12/28 (日)
2003年の印象に残った本(下) |
▼4月(24冊)
平出隆『ベースボールの詩学』(青土社)
山本周五郎『小説 日本婦道記』(新潮文庫)
坪内祐三『新書百冊』(新潮新書)★
獅子文六『てんやわんや』(新潮文庫)
原武史『皇居前広場』(光文社新書)★
小林信彦『にっちもさっちも―人生は五十一から』(文藝春秋)★
▼5月(22冊)
久世光彦『飲食男女』(文藝春秋)★
山本周五郎『青べか物語』(新潮文庫)
坪内祐三『一九七二―「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』(文藝春秋)★
最相葉月『あのころの未来―星新一の預言』(新潮社)★
▼6月(19冊)
村松友視『ヤスケンの海』(幻冬舎)★
獅子文六『自由学校』(新潮文庫)
丸谷才一『輝く日の宮』(講談社)★
▼7月(18冊)
目黒考二『活字学級』(角川文庫)
小沼丹『黒いハンカチ』(創元推理文庫)★
重松清『ビタミンF』(新潮文庫)★
▼8月(20冊)
獅子文六『青春怪談』(新潮文庫)
吉川潮『浮かれ三亀松』(新潮文庫)★
永井良和・橋爪紳也『南海ホークスがあったころ―野球ファンとパ・リーグの文化史』(紀伊国屋書店)★
▼9月(16冊)
重松清『カカシの夏休み』(文春文庫)
原武史『鉄道ひとつばなし』(講談社現代新書)★
山下裕二『日本美術の二〇世紀』(晶文社)★
▼10月(22冊)
矢野誠一『落語長屋の商売往来』(文春文庫)★
鹿島茂『情念戦争』(集英社インターナショナル)★
北村薫『詩歌の待ち伏せ(上・下)』(文藝春秋)★
▼11月(20冊)
獅子文六『但馬太郎治伝』(講談社文芸文庫)
松本清張『渡された場面』(新潮文庫)
川本三郎『東京の空の下、今日も町歩き』(講談社)★
植草甚一『植草甚一コラージュ日記1』(平凡社)★
屋名池誠『横書き登場―日本語表記の近代』(岩波新書)★
川上弘美『ニシノユキヒコの恋と冒険』(新潮社)★
堀江敏幸『雪沼とその周辺』(新潮社)★
▼12月(17冊+α)
重松清『流星ワゴン』(文藝春秋)
大村彦次郎『文壇うたかた物語』(筑摩書房)
種村季弘『江戸東京《奇想》徘徊記』(朝日新聞社)★
田口久美子『書店風雲録』(本の雑誌社)★
浜田研吾『徳川夢声と出会った』(晶文社)★
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■2003/12/27 (土)
明治東京のわすれもの(上) |
仲田定之助さんの『明治商売往来』(ちくま学芸文庫)を読み終えた。
本書は日本エッセイスト・クラブ賞受賞作ということであるが、たしかにそれに値する名著である。もし文庫化されなかったらまったく知らないままだったかもしれず、筑摩書房に感謝したいくらい。
仲田さんは明治21年(1888)東京日本橋に生まれた。ドイツに留学して帰国後バウハウスをいち早く日本に紹介したという美術評論家が本業らしい。
本書は、明治時代に盛んだったさまざまな職業を、著者自らの記憶を柱として、書物からの見聞や関係者への聞き書きなども加え、抒情的かつ鮮やかに描き出した“商売尽くし”である。
全七章に分かれており、「1 みせがまえ」では勧工場・各種問屋や帽子屋・靴屋など店構えが特徴的な職種、「2 こあきない・てじょくにん」では、店を持たない行商から日常生活と密接に関わる職人たちを、「3 ゆうらく」では、蓄音機屋・絵双紙屋・覗きからくり・寄席など娯楽施設・娯楽場所を、「4 のみもの・たべもの」では、その名のとおり飲食業を、「5 のりもの・ともしび」では、交通・輸送業や蝋燭屋・提灯屋といった商売を、「6 きぐすり」では、主に薬販売業を、「7 そのほか」では、以上の六章に収めきれなかったもの(代用小学校・銀行など)が紹介されている。
いずれも著者の生まれ育った日本橋界隈から神田といった、現在の千代田区・中央区辺のお店が中心で、みずみずしい記憶と正確な事実のバランスが絶妙な面白い読み物であった。
本書で取り上げられなければ、一人一人の古老の記憶のなかだけで生きつづけ、わたしたち後世の人間にはまったく知られずに消えてしまったのではないかと思われるような、とてもマイナーな商売がいくつも紹介されているのが素晴らしい。
たとえば「蕎麦屋の書家」。
蕎麦屋の壁に架かっているお品書き(「かけ」「ざる」など)の「一癖ある古風な筆致」は、蕎麦屋のみをまわってそれ専門に書いて歩く書家・筆工によるものなのだそうだ。
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■2003/12/27 (土)
明治東京のわすれもの(下) |
ここまでならば何か他の文献でも書かれていそうだが、さらに細かいのは、彼ら「そば品書きの文字職人」は、「景丸」「芳丸」というように、語尾に「丸」がつく雅号を名乗っていたという話。
なかでも「竜丸」という人が一番うまかったという砂場主人の回想を引用している。別にこの存在が明らかになったからといって歴史が変わるわけではない。しかしこうした記述こそ本書の価値を示すものだろう。
著者の個人的記憶という点では、「かりん糖売り」の項が面白い。
「雨が降ってもかァりかり、雪が降ってもかァりかり。かりか、りかりか、うんとこどっこいしょ」とベルを鳴らしながら威勢よく叫ぶ。毎日のようにやって来るので口上を憶えてしまったが、一度も買ったことがなく、売られていたのがどんな菓子だったかはっきり分からないという。
著者は口上(文中では「歌」とする)から花林糖売りに相違ないとしているが、買う/買わない、行った/行かないにかかわらずこのような細かな記憶は驚嘆に値する。
「電車」の項では、神田橋から日比谷まで初めて開通した第一日目の朝に試乗し、「満ち足りた気持ちで帰った」という微笑ましいエピソードから、話は東京市内に三つの会社に分かれて運営されていた市電(「東電」「街鉄」「外濠線」)には、現在のプロ野球チームのファンのように贔屓が分かれていたという思い出に移る。
著者は“外濠線ファン”だったらしいが、徳川夢声の自伝や獅子文六の『ちんちん電車』、永井龍男の『手袋のかたっぽ』を読んだら各氏も外濠線びいきであることを知り、仲間を得たと喜んでいる。これもまた微笑ましい。
そういえば野口冨士男さんも『私のなかの東京』(中公文庫)では、まず外濠線のあったルートを書いていたような気がする。
都電(市電)があったという事実に間違いなく彩りを加える思い出であり、こんな明治の東京の知られざるエピソードを拾う嬉しさに満ちあふれた書物であった。
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